国内外で被害が多数報告されているトコジラミ。
最近では宿泊先ホテルで「刺された」とSNS等で報告する人も多いようです。
しかし、その行為がうっかり紛争トラブルを巻き起こす可能性があることを知っておいた方がいいかもしれません。
トコジラミ被害に関わる「慰謝料請求」と「名誉棄損」について、専門家の意見を聞いてみました。
(画像はイメージ)
■トコジラミに刺されたらまず最初に取るべき行動
今回お話をうかがったのは、弁護士法人 永 総合法律事務所 所属弁護士の菅野 正太(かんの しょうた)さん。
――宿泊先ホテルでトコジラミに刺され、痛みや痒みがあらわれて治療を要する症状になった場合、宿泊先ホテルには報告をするべきでしょうか。
菅野弁護士:法的な意味での報告義務までは顧客にないと思いますが、それに関わらずホテルに対しては報告をするべきだと思います。トコジラミは活動期間なども長いと聞きますので、次の宿泊者に対する被害の拡大を防ぐ必要があります。
また、報告をしないまま、後日ホテル側に補償を求めようとした場合、本当に宿泊の際に受けたトコジラミの被害であるのか否かが不明になってしまうため、補償の協議が難しくなることが懸念されます。トコジラミの被害が発生した場合、できるだけ早くその事実を報告するべきでしょう。
――最初のコンタクトの時に気を付けることはありますか?いわゆるクレーマーのように思われるのが嫌で、連絡を取りやめてしまう人もいるかもしれません。
菅野弁護士:上記と関連し、宿泊した部屋での被害報告として必要な対応になるので、連絡することに問題はありません。いわゆる迷惑客としてのカスタマークレームとしては扱われないと思います。
■「トコジラミに刺された」時、ホテルに責任はないの!?
――トコジラミに刺されると猛烈な痒さがあるそうです。また自宅に連れ込んでしまった場合には、駆除するのに専門業者が必要になるそうですが、宿泊先ホテルに対し、治療費や精神的苦痛、宿泊料の返金、駆除費用などを要求することは出来るのでしょうか。
菅野弁護士:宿泊するにあたっては、宿泊客とホテルとの間に宿泊契約が成立します。細かい契約の中身などはホテルごとに約款を備えていると思いますが、簡単に言えば、ホテル側は宿泊客に対して、安全や衛生が確保された状態で宿泊サービスを提供する必要があります。
宿泊施設のルールなどは旅館業法にも定めがあります。同法第4条で「営業者は、旅館業の施設について、換気、採光、照明、防湿及び清潔その他宿泊者の衛生に必要な措置を講じなければならない。」とあり、具体的な措置の内容は都道府県ごとに条例で定めています。東京都であれば、旅館業法施行条例4条4号で「客室、応接室、食堂、調理場、配膳室、玄関、浴室、脱衣室、洗面所、便所、廊下、階段等は、常に清潔にしておくこと。」と規定があることからも、宿泊する部屋は衛生的でなければならないことが理解できるでしょう。
――なるほど。そもそもトコジラミが生息しないようにすることも含め、清潔で衛生的な部屋を顧客に提供する義務がホテル側にはあるのですね。
菅野弁護士:はい。この点、宿泊部屋にトコジラミが生息、繁殖している状態になっているとすれば、ホテル側は顧客に対して安全や衛生を確保した状態での部屋の提供を怠ったということになり得るため、宿泊契約違反ということで債務不履行責任(民法415条1項)を負う可能性があります。
債務不履行の場合にどこまで責任を負うかは、被害の状況に応じて異なってきますが、治療費、宿泊費用、慰謝料、自宅にも被害が拡大した場合の駆除費用などを請求できる損害として想定できると思います。
――あくまでホテル側との話し合い次第ではあるものの、交渉の余地はありそうですね。
■名誉毀損の危険がある!?SNSへの公開はちょっと待って!
――トコジラミ被害についてホテル名を特定してSNSやブログ等に情報を掲載することについては、どう思われますか?トコジラミの被害が事実であったとしても、トラブルやホテルに対する名誉毀損などに問われるケースは考えられますか?
菅野弁護士:昨今では、SNSやネット掲示板の口コミなどでホテルの評価を見ることが可能です。それだけ多くの人の目につくものである以上、書き込む内容は慎重に検討する必要があります。
トコジラミの被害の内容を考えれば、ホテル名などが特定できる形でその旨投稿すれば、予約客、利用客が減少する可能性はかなり高いと思われます。そのため、この点に関する投稿は名誉棄損になる可能性があります。
――そうなのですね。しかし、「他の人が被害に遭わないために」という善意のつもりの人もいます。そのあたりは、いかがでしょうか。
菅野弁護士:他方で、掲載している情報が公共の利害に関するもので、専ら公益を図る目的に出たものであり、その書き込みが真実であるか真実であると信じるに足る相当の理由がある場合は、名誉棄損になりません。
――名誉毀損にならない場合もあるのですね。しかし判断が難しそうです。
菅野弁護士:具体的な裁判例が集積していないため、何とも言えないところではありますが、これほどまでにトコジラミの被害がニュースになっていることからすると、宿泊先におけるトコジラミ被害の有無という情報は、それなりに公益性を有するようにも思われるため、書込みの目的や当該事実の確度次第では名誉棄損にならない可能性はあるでしょう。
■まずは「冷静に」が大事。感情的になると「脅迫」のリスクも
――なるほど。公益性か名誉毀損かの線引きにおいて前例がまだ多くないのですね。個人で判断をするのはそれなりにリスクがありそうですね。
菅野弁護士:はい。しかし、いずれにせよ、自分が被害を受けた場合には、ホテル側と協議することが第一であり、あえて大多数にそれを拡散する必要があるのかは慎重にならなければいけません。被害が事実であるか否かに関わらず、自分の書込みによって紛争になるリスクがあることを念頭に置いて行動する必要があると思います。
――そのほか、法的目線で考えられる行動やリスクなど教えていただけますでしょうか。
菅野弁護士:被害にあった以上、補償を求めていくこと自体は正当な権利行使ですが、それが行き過ぎてはいけません。過去のニュースでも問題になっていましたが、従業員に怒鳴り散らしたり、土下座を強要するなどの行為は、脅迫罪(刑法222条)、強要罪(刑法223条)など、刑法上の犯罪になりかねません。
トコジラミの被害はかなりの苦痛を伴いうるため、感情的になってしまうことも理解できますが、冷静な話し合いを心掛ける必要があります。
――どうもありがとうございました。一概に「OK」「NG」とは言い切れないものではあるものの、まずは冷静な行動をとることが大切なようですね。
被害に遭ったにも関わらず、うっかりした行動で加害側にまわってしまわないよう「名誉毀損」や「脅迫」には気をつけたいですね。
■この記事の監修
弁護士法人 永 総合法律事務所 所属弁護士
菅野 正太(かんの しょうた)
上智大学法学部法律学科 卒業
早稲田大学大学院法務研究科 卒業。中小企業法務、不動産取引法務、寺社法務を専門とする弁護士法人永総合法律事務所の勤務弁護士。
第二東京弁護士会仲裁センター委員、同子どもの権利委員会委員
弁護士法人 永 総合法律事務所HP:https://ei-law.jp/
寺社リーガルディフェンス:https://ei-jishalaw.com/
<取材・文・編集:GourmetBiz編集部>